NGC6940-20120823
2012.8.23 0:45 / 70-200mm / 200mm  8min (30s x 16)  F5.6  ISO800

   最近は晴れの日もそこそこ多く、星雲・星団撮影に向いた日も多いので楽しい日が多い(一方昼の写真は最近殆ど撮らず…)。宇宙の天体はある意味、昼間の写真よりもバリエーションに富んだものが撮影できると思っている。勿論、その為には機材や技術も必要となる。

   ところで、吾輩が最近気になっているのは「カタカナ言葉」である。我々の日常生活には多くのカタカナ言葉があるが、最近使い過ぎではないかという状況をよく見かける。
(以下文章長いので、読みたくない人は一番下まで飛ばしてもいいです)

   計画停電は吾輩も恐れているものの一つである。特に現在住んでいる北海道では夏よりも冬の電力不足が懸念されている。北海道は泊原子力発電所という大きな原発を持っているが、政府や電力会社が行なっているストレステストなどの影響で、今冬の稼働ができなくなる可能性も高い。そうなれば冬季に計画停電になる可能性もゼロとはいえない。

   勿論、原発に頼らず火力と自然エネルギーだけで賄えられれば理想的なのだが、世の中そんなに甘くない。火力発電は石油・石炭・天然ガスを燃やしたエネルギーで発電するが、輸入が多いため海外情勢に左右されやすい。水力発電はダムの建設に対するマスコミや反利権を主張する人たち、環境保護を唱える人からの批判が大きい(近年は小型の水力発電施設も計画されている)。風力は電力安定性の問題があり、太陽光は太陽電池製造コストの問題があり、地熱は土地所有者の問題がある。他にも波力、太陽熱、高低差など多くの発電方法が考案されているが、まだ開発段階で実用化まで少なくとも10年は掛かる。

   話が脱線してしまったが、今日本で一番議論されているのは、税の問題と電力の問題だと思う。特に、電力の問題は福島第一原発事故以降、原発稼働の可否について賛成派と反対派が正面からぶつかり合っている。そして、その議論は完全に平行線であり、何十年経っても結論が得られないまま終わりそうな気配すらある。

   (ちなみに、気になる人もいると思いますが、吾輩は原発”推進”というわけでもなく、原発”反対”というわけでもなく、いわゆる「減原発」派だと思っています。現在の原子力への依存を続けると廃棄物処理が大きな問題となり、一方すぐに原発を廃止してしまうとそれもまた大きなコストがかかってしまいます。全体的には”脱”原子力にシフトしておきながら、研究や緊急電力として数基は残しておいて耐用年数に到達したら同じ場所で更新するという考え方です。)

   ”脱”原発派の意見は同意するものもあるし、「これは違う」と言いたくなるものもあるが、一番不思議に思ったのが、”反”原発派の「カタカナ言葉」の多さである。

   そもそも、日本で政治家・官僚や企業やマスコミ等の利権を批判する人たちは非常に多くのカタカナ語を使っている。特に、原子力の問題が大きくなってからは「カタカナ造語」がどんどん増えている。「原子力ムラ」はその最たる例とも言って良いと思われる。

   我々日本人がカタカナ語を使う理由は5つほどあると思われる。1つ目は便利だから使うという理由、これは短縮語や日本語で意味を表し難いものに多い。2つ目はカッコいいから使うという理由、これはネットなどでやたらカタカナ語を使う主に高齢層を見れば分かると思う。

   そして、3つ目は「世界に広めたいから」という理由、これは「ヒロシマ」や「ナガサキ」など、例えば「戦争は大きな犠牲を生む」ということを世界に主張したい、という時に多く見られる。「フクシマ」もこれに含まれると思われる。

   4つ目は外国における日本文化の紹介、例えば世界で人気の「マンガ」や「アニメ」の他、「スシ」「フジサン」「スモウ」や挙句の果てには「ヒキコモリ」「カローシ」まで英語化されている(正直うれしいのか嬉しくないのか…)。これらを取り扱っている海外の記事を日本語訳した時にカタカナ語として現れることが多い。

   そして5つ目だが、これは「他者を批判する」意味でのカタカナ語である。インターネットのみならず、新聞や雑誌でも、批判的な論調の時は敢えて漢字ではなくカタカナで表記することがよくある。「原子力ムラ」も恐らくその一種ではないかと思われ、
「原子力ムラ」というものを批判するために敢えて「村」ではなく「ムラ」という言葉を使っているのではないかと思われる。

   話は変わるが、実は吾輩はこの
「原子力ムラ」という言葉が大嫌いである。日本のマスメディアのコメンテータやインターネットの評論家などがこの言葉を得意げに使っているときは尚の事腹が立つ。そもそも、「ムラ」というと「村」ではなく「斑」(不均一の意味)の方を連想する。しかも、彼らによると「原子力に関する村社会が原発事故後の問題の原因となっている」というのである。村社会とは、上下関係がはっきりとし、内部完結して排他的な性質を持っており、異質なものを見つけたらすぐさま村八分にして排除しようとするなどの性質を持っている(参考までに、フリー百科事典ではこのように列挙されている)。

   要するに、「村社会」とは自分たちだけで固まって、ボスの主張が絶対正しくて、少しでも異論を唱える人はグループから外されて、善か悪かという二元論を好むという、電力会社や政府などの体質を批判するための言葉であり、「原子力ムラ」とは、このような村社会が原子力業界で起こっていることを批判するために生まれた言葉だといえる。

   確かに、原子力業界は村社会的な要素を強く持っている。政治家トップの言うことが絶対(当時は小沢氏がいた頃の自民党)であり、原発政策に反対するものは干され、善か悪かの二元論に対しては現在の原発可否問題につながっている。

   しかし、吾輩はこのような言葉を使っている人たちこそ、「利権批判ムラ」に陥っているのではないかと考えている。ボス(恐らく菅直人前首相)の言うことは絶対正しく、電力会社社員というだけで「お前の言ってることは嘘だ」と信じず、極論には電力会社の社員の子供をいじめるなどというものもあり、利権は絶対的な悪だと主張し、常に二元論議論を好む傾向がある。

  それに、利権(利益と権利)というものが存在しなければ、現代の社会では経済が回らなくなってしまう。タダ働きを好む人なんてそんなに多くないし、自分がその事業に関して自由にできるのであれば、誰でも時文の利益が大きくなるように計画を立てるであろう。問題なのは、その「利権」が大きくなりすぎて、利権だけのために事業が行われたり、利権のために税負担や不便という形で一般国民が不利益を被る場合である。

   話を原子力に戻すと、彼らは「原子力ムラ」という言葉を使って原子力政策の閉鎖的な現状を叩こうとしているのだが、自分たちも結局同じような体質を持っているからブーメランになってしまっている、ということを言いたかっただけである。

   権力や体制に対する批判はあってもいいし、それは吾輩もよくすることである。しかし、前述の原子力体制批判等に見られるように、批判的な意見ばかりで改善するための具体案を挙げていない、即ち建設的ではない意見が多く、これが平行線の議論を生んでいるのではないかと思っている。吾輩も、マスコミや民主党や諸外国の対応を叩いてばかりで具体的にどうすればいいのか言わないで批判に終始していることがよくあり、それは反省したい(ただ、ある人によると改善案以前に存在を消すべきだという極論もw)。

   原子力政策は今後の日本経済や日本国民の生活、或いは世界全体に関わる重要な問題だが、対抗する意見の批判ばかりでなく、自分なりの解決案を挙げていくことで、解決に一歩近づくと思う。

   長々と文章を書いてしまいましたが、読んでくれた方はありがとうございます。

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【今日の写真】
NGC6940-20120823

はくちょう座にある散開星団NGC6940の写真。
近くに網状星雲NGC6960とNGC6992-5がある。
この星団は大きい星団で、双眼鏡や望遠鏡で星の集まりを観測することが出来る。また、標準レンズによる撮影でもこのNGC6940の存在が分かるほど大きくはっきりとした星団である。
ペルセウス座の二重星団、北アメリカ星雲と並び、何故メシエカタログに載らなかったのか不思議に思うほど、美しい星団である。

オリジナルの画像(横2560に縮小)
DSC_3269-3285-2560

天体の位置
DSC_1423-1430-700

撮影情報
絞り値:f/5.6
ISO感度:800
露出時間:480s (30秒露光を16枚コンポジット合成)
露出方式:マニュアル
焦点距離:200mm (35mm焦点距離 300)
日付:2012/8/23 0:45


撮影機材
カメラ:Nikon D7000
レンズ:Nikon AF-S NIKKOR 70-200mm f/2.8G ED VRII

ガイド:Vixen 星空雲台 ポラリエ
備考:Polarie極軸望遠鏡によるセッティング


天体のデータ
名称:NGC6940
赤経:20h34m26s
赤緯
:+28°17′00″
距離:770pc / 2500光年
大きさ:25′
等級:
6.3等

参考ページ
http://www.univie.ac.at/webda/cgi-bin/ocl_page.cgi?dirname=ngc6940
http://martingermano.com/N6940.htm